子どもたちに音楽を/八條美奈子

子どもたちに音楽を/八條美奈子

 2021年、世界が願うことはただ一つ、コロナの収束です。昨年感染が急拡大した新型コロナウィルスは人と人が関わる全ての場所で牙を剥き、人類がこれまで築きあげてきた文化というレガシーを大きく傷つけています。

 まさか2020年のオリンピックが延期になるとは、2019年が終わるまで誰も予想しなかったでしょう。高度な発達により移動の自由を手に入れた人類が、それ故にかつてないパンデミックに怯えている現実は、なんとも皮肉としかいいようがありません。

 私はフリーのフルート奏者として、札幌を中心とする北海道内各地で演奏や指導に携わる仕事をしています。昨年は突然襲いかかったコロナ禍により演奏機会は激減し、レッスンの回数も前年比半分以下になってしまいました。自分だけでなく演奏家仲間たちは皆、苦しい現実に直面する毎日を過ごしています。「三密」を回避するためコンサート類の延期や中止が相次ぎ、感染ルートとして最もリスクが高いとされる飛沫問題がネックで、マスクを着用したまま演奏することのできない管楽器演奏家や、言葉をはっきり発音することが重要とされる声楽家は、特に思い切った活動がしづらい厳しい状況が続いています。

 そんな中、私が一番懸念していることは、教育の場における音楽活動が大幅に規模縮小していることです。吹奏楽部や合唱部が例年練習の成果を発表し合う大会やコンクールが軒並み中止となっているのみならず、一般の生徒が授業でリコーダーを吹いたり、皆で声を揃えて校歌を歌ったりすることすら自粛している学校が殆どだということです。

 2004年から毎年開催されてきた「Kitaraファースト・コンサート」も昨年は中止となりました。札幌市の小学6年生全員が毎年Kitaraで開催される札響の演奏会に招待されるという素晴らしい事業が開催できなかったことを大変残念に思いました。

 音楽は不要不急。わかっているリスクは最初から排すべきであって、今は逼迫した医療を支えるべく国民が力を合わせるべきなのはよくわかります。しかし、未来を担う子どもたちがそれを享受する機会を失えば、文化は間違いなく衰退するでしょう。

 人の成長において最も重要なのは、何かを実際に体験したり、本物に触れて何かを感じたりして、単なる知識ではない教養を蓄積していくことではないでしょうか。世界中の異文化の人間同士が平和な社会を築いていくために、教養をもってお互いを理解し合うことが、今こそ必要なはず。そういう意味でも、コロナは最も憎むべき人類の敵なのだと思います。

 さて、そう思いながらじっとしていても仕方ないと思い、昨年秋から、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の事業として2校、個人的な取り組みとして1校の小学校で、体育館でのミニコンサートをさせていただきました。3公演とも平時でしたらもっとたくさんの生徒に楽器を近くで観察してもらったり、触ってもらったりもするところでしたが、そこは自粛し、6年生限定で生徒間の距離を確保した上でのコンサート実施となりました。

八條美奈子氏
札幌市立幌南小学校でのミニコンサート(2020年12月17日)

 演者側からみた景色の異様なこと。全く表情の読めないマスク姿の子どもたちが一斉にこちらを見つめていて、反応は拍手のみです。それまでは、ほとんどのコンサートでは1曲目を演奏すれば会場の空気に一体感が生まれて次に進みやすくなっていたのですが、コロナ禍のコンサートは空気を掴むのが難しく、プログラムが半分くらい進むまで、この演奏会が喜んでもらえているのかどうかわからず不安でした。きっと参加していた生徒たちも同じ気持ちで、マスク越しに距離の離れた隣の友だちと感覚を共有するのは難しかったに違いありません。
 そんな風にいずれの公演も最初は手探り感がありましたが、プログラムが進むにつれ、生の演奏や、曲間のコメントが生徒たちの心に届いたと実感できるようになってきました。目が笑っている。拍手が前より大きくなっている。そんなことに励まされながら段々コロナのことは忘れて、 最終的にはとても清々しい気持ちで終演を迎えることができました。後日、このコンサートを心から楽しんだという生徒たちからのお手紙をたくさんいただき、嬉しくて涙が出ました。

 コロナ禍で活動の幅は制限されてしまったけれど、知恵を絞ればまだやれることはあるし、見方を変えれば新たな気づきを得ることもできます。これからも、子どもたちのためにできることは使命感もって行っていきたいと思っています。また、行政にお願いしたいのは、昨年ファースト・コンサートに参加できなった子どもたちが、コロナ収束後には必ず、キタラで札響コンサートの鑑賞をできるようにしてもらいたいということです。彼らが中学生の義務教育の間に実現できるかどうかはコロナ次第ですが、医療の進歩を信じて、私たちはポストコロナの文化を守っていきたいと願い、行動するのみです。

 八條美奈子(フルート奏者/札幌フルート協会副会長)

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