地域の作家展から垣間見る美術館と美術事情〜北海道立美術館「道東アートファイル2022+道東新世代」展より/福地大輔

地域の作家展から垣間見る美術館と美術事情〜北海道立美術館「道東アートファイル2022+道東新世代」展より/福地大輔

 2022(令和4)年1月12日から3月12日にかけて、北海道立帯広美術館では特別展「道東アートファイル2022+道東新世代」が開催された。

 帯広美術館が展覧会をはじめとする事業の開催や作品収集にあたり意識している「地域」、有り体に言えば地元とは、北海道東部地域(十勝・釧路・根室・オホーツク)を指す。十勝をはじめとしたこれらの地域は多くの美術家を輩出し、また現在も活動の拠点となっている。

 展覧会「道東アートファイル2022+道東新世代」では、絵画、版画、写真、立体造形など、多彩な表現領域で制作する道東ゆかりの作家8人の作品を紹介するものであった。

 

【図版1】特別展「道東アートファイル2022
+道東新世代」チラシ

 

【図版2】特別展「道東アートファイル2022+道東新世代」展示風景

 出品作家は、北海道の雪や氷につながる白の有機的・抽象的な立体造形を生み出す上野秀実。根室半島沖にあるユルリ島に通い、野生化した馬を撮り続けている岡田敦。人物をクローズアップして捉え、写実的でありながらも独自の筆跡を加える油彩画の佐藤真康。物語性と抒惰性を帯びた半具象の生き物や植物などを、木版リトグラフで生み出す篠田亜希子。道東地域の野生動物の命を見つめ、カメラにおさめる古川博己。赤の布と糸を用いた手縫いにより、ダイナミックかつ緻密で自在な立体造形を生み出す南澤美紀子。

 また、若手作家として強く自由な女性像を、独自の版画技法や立体で表現する磯優子と、日常や社会のズレや違和感をすくい上げ、シルクスクリーンの技法を用いて作品化する中村花絵。これら8人の作家を通して、美術館の視点から捉えた道東地域の美術状況を提示するものであった。

 さて、本文は展覧会の具体的な内容を紹介するものではない。展覧会出品作品・作家についてはご興味お有りの方は、帯広美術館にて現在(2022年5月)も図録を販売中であり、取り寄せが可能であるので、是非ともお問い合わせされたい。

 

【図版3】特別展「道東アートファイル2022
+道東新世代」図録

作家、作品の詳細については本展企画・実施担当者である薗部容子氏
(北海道立帯広主任学芸員)の編著による本書に詳しいので、ご関心
あらば是非お買い求めください。帯広美術館から取り寄せ可能です。

 この先は展覧会企画者が構想・準備・実施の段階で奮闘する姿を横目で見ていた立場からとらえた雑感を、北海道東部の美術状況にからめて綴っていくこととする。

 

1. なぜ展覧会名が無闇に長いのか

 本展は「道東アートファイル2022+道東新世代」と二つの展覧会を足したような展覧会名となっているが、これは予算上の理由で若手作家出品分だけ、別の名義としたことによる。

 北海道教育委員会の施策に、道内の美術館の活性化を目的とした「アートギャラリー北海道」事業が存在する。具体的には道内の美術館同士の連携・若手作家支援を謳った内容が列挙されている。本展出品作家8人のうち、2人が30代以下の若手作家であり、予算上、この部分を独立した展示として扱うことにより、若手作家支援に関する予算を獲得したためである。

 道立美術館は、北海道が 1997年に「財政健全化推進方策」を策定し、2年後に「財政非常事態宣言」を発して以来恒久的に緊縮財政が続く影響で、年々事業予算の削減が続き、ここ 20年間でおよそ半減となっている。

 こうした状況の中、「アートギャラリー北海道」事業で措置された予算は作品展示、図録作成、広報印刷物作成、関連事業実施など展覧会に必要な要素を実現させ得るだけの予算を獲得することが可能となる。長年にわたり削減が続き、地域の美術振興の役割を担うことが困難になってきた状況において、干天の慈雨であった。道内の美術館にとっては、可能な限りの手段をとって作品収集によるコレクション形成、展覧会事業の質量ともに維持をはかろうとしているが、そのための理路はアクロバティックになることもあり、無闇に長い展覧会タイトルにも、こうした影響が表れている。

 

2. 意図せずとも達成される平等

 展覧会出品作家8人の構成、男女が半数ずつとなった。出品候補作家のリサーチは開催の前々年から始まり、選定プロセスを経て前年の春に8人に絞られたが、選定において幾つかの条件が設定された。例えば「出品作家が油彩などの同一ジャンルに偏らないこと」「美術館の立地する十勝のみならず、広く北海道東部を見渡した人選を行うこと」等である。今となっては、正確にどれだけの要素を考慮したか忘れてしまったが、あまり考慮には入れていなかった条件を一つ覚えている。それは「男女比を均等にすること」であった。 

 実際のところ、今日のこうしたグループ展においては、意識的に男女比のバランスを取る方が常識的であろう。しかし、この展覧会ではあくまでも作品そのものに対する評価や、現在のアートシーンにおけるそれぞれの作家の重要性や貢献度から選定した結果、男女比がちょうど半分ずつになった。無論、アートの業界でもいまだ不条理なジェンダー差別が一掃されたわけではないことは心に留めておかなければならない。ただ、意図的な「調整」をせずとも、このような作家選定となったことはよい兆しと言えることであり、今後も一人ひとりの作家、一つひとつの作品と向き合うことでこうした流れを加速させていきたい。 

 

3. 現在の活況と将来への懸念 

 帯広美術館では地域で活動中の作家一人ずつ紹介する「道東新時代」シリーズを10回開催するなど、開館以来、地域ゆかりの作家・作品をとりあげる展覧会を度々開催してきた。「道東アートファイル」と銘打った展覧会は過去2012年度に実施され、今回は約9年ぶりの開催となる。前回は「In the Light, In the Shadow」というサブタイトルを付したが、今回は特にテーマを設けずに、そのまま地域ゆかりの美術表現の多様性を提示することにした。

 美術館での現代作家グループ展では何処であろうと該当すると思われるが、帯広美術館でも出品作家選定にあたり熟慮を重ねた。特に十勝地域では出品枠の何倍もの人数にのぼる作家が積極的な活動を続けている。一方、同時に年配者に比して地域の若手作家の活動は必ずしも活況とは言い難いことも実感した。もちろん選定時期がコロナ禍と重なり、作家の活動が以前と比べて低調となった影響もあるだろう。しかし美術館よりも先行して若手の活動を積極的に紹介している地元のメディアにおいても、首都圏へ移住した地域出身作家も含めて情報が多くはないのが現状である。

 要因として若年人口の大幅な減少が考えられる。十勝地域の人口は1955〜2020年の期間では35万人前後で推移しており大きな変動はない。これは、現在の人口が、神田日勝が平原社展に初出品し、朝日奨励賞を受賞した1956年当時とは大きく変わっていないことを意味する。しかし日勝がデビューした頃とは異なり総人口における 40歳未満人口の比率は1955年には79.3%であったことに比して2020年では34.2%となっている1。昭和初期に結成された十勝の美術団体、平原社を舞台に日勝らが切磋琢磨を重ねた時期に比して、若年層の人口比は約4割にまで減少し、それだけ表現者の裾野は狭まってきたことがうかがえる。 

 全国的な高齢化、少子化の波は、ご多分に洩れず北海道にとっても重要な問題課題である。だからこそ社会全体が精神的に痩せ細らないためにも、文化芸術における若手表現者への支援は、今後美術館のみならず文化施設、文化政策全体にとって一層重要性を増していくであろう。 

 近代以降の北海道美術を振り返ってみても、択捉島出身の横山松三郎からはじまり、江部乙(現、滝川市)出身の岩橋英遠、岩内ゆかりの木田金次郎、鹿追に育った神田日勝……ここではとても全員を列挙できない程多くの地方出身者が、北海道のみならずこの国の文化芸術の豊かな土壌を培ってきたことは論を俟たないのだから。 

 

福地大輔(北海道立釧路芸術館主任学芸員、2022年3月まで同帯広美術館学芸課長)

 

脚注

  1. 十勝総合振興局「とかちの統計」“年齢5歳階級、年齢3区分人口【昭和30 (1955)~令和2(2020)年】” https://www.tokachi.pref.hokkaido.lg.jp/ts/tss/move/toukei/101299.html , (参照2022-05-10) 

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