『進藤冬華 活動ノート/Fuyuka Shindo A Notebook of My Activities』(2021)発行に寄せて/浅沼敬子

『進藤冬華 活動ノート/Fuyuka Shindo  A Notebook of My Activities』(2021)発行に寄せて/浅沼敬子

 2019年、モエレ沼公園・ガラスのピラミッドで進藤冬華の個展《進藤冬華 移住の子》が開催された(会期: 2019年7月20日-8月25日)。北海道開拓顧問であったホーレス・ケプロン(1804-1885)。彼の足跡を個人的にたどりなおすなかで進藤が生みだした写真や映像、刺繍等の展示作品はどれも印象的で、ケプロン×進藤の個人的視点を通して北海道の近代史/成立史を問い直すという挑戦的趣旨が繊細な仕方で実現されていたと思う。『Hokkaido Art Forum』第22号では、企画者の宮井和美氏に解説を寄せていただいた。その《移住の子》展後の進藤冬華の活動をまとめた《進藤冬華 活動ノート》が、2021年2月に発行されている。本稿では《移住の子》に触れつつ、進藤の新展開である《活動ノート》の内容を簡単に紹介したい。

〔*進藤冬華の《活動ノート》および進藤冬華のその他の活動は、本稿末のURLからアクセスできます。〕

〔*進藤冬華の《移住の子》展については、〔再録〕リレーエッセイ 会員紹介 『進藤冬華 | 移住の子』展を開催して/宮井和美 │ Hokkaido Art Forum (hokkaido-art-society.net)に詳しく説明されています。〕

図1:「ケプロンと私の日誌1871-1875 and 2018-2019」(2018-2019、810×540mm、紙にオフセット印刷)、撮影:露口啓二

 以前の進藤は、北海道周域の東北やサハリンの少数民族に伝わる技術を学んで作品制作を行っていた。サハリンの少数民族ウイルタやアイヌの人々に学んだ魚皮の鞣し技術や刺繍を駆使した『ビビコワさんの宿題』の作品群は、こうした活動によって生まれたものだ。こうして、伝承されてきた技術や文様の地域的連続性を目の当たりにしてきた進藤にとって、自身の生まれ育った「北海道」の「区分」は問われるべき課題となった。――ホーレス・ケプロンの足跡をたどるという既述のプロジェクトは、「北海道」の歴史的輪郭を個人的にとらえたいという進藤の思いによって生まれたものといえる。ケプロンの日本滞在時の日誌に進藤自身の日誌を書き合わせた『ケプロンと私の日誌 1871-1875 and 2018-2019』〔図1〕、アメリカ開拓当時の伝統的な柄をベースに、北海道開拓を象徴する切り株を縫い付けた巨大なアメリカンキルト『移住の子』〔図2〕他、5年以上の調査で生み出された作品群が前出の《移住の子》展を構成した。個人的には、北海道への移住者であった進藤の祖父母の建てた家の庭に植物の枝で「大地」、そして「土地」の二文字を配し、前者から後者への変化を映像化した《大地》に衝撃を受けた。

図2:「移住の子」(2018、480×2,160mm、既製のアメリカンキルトにアップリケと着彩)、撮影:露口啓二

 《移住の子》展には、いくつかの関連イヴェントがあった。そのうちのひとつが進藤の先導でモエレ沼周辺の開拓関連地を巡る自転車ツアー「移住の子・探訪ロードツーリング」で、開拓の記念碑、中沼や丘珠の墓地等、事前にアーティストが調査した場を進藤とガイド、参加者が周った。手仕事や素材加工の難しさに直面してきた進藤にとって、モノを介さずに人々と場の記憶をオープンに共有できるというのは大きな気づきだったようだ。その体験が、《活動ノート》に記録された5つのイヴェントにつながっていく。

 《活動ノート》には、2019年10月にベトナム、ハノイで行われた「理想のピクニック」から2021年1月に江別から石狩川を歩いた「石狩川から水を運ぶ」まで5つのイヴェントが記録されている。「移住の子・探訪ロードツーリング」は自転車ツアーだったが、《活動ノート》に記録されているイヴェントで進藤と参加者が行っているのは、基本的には、シンプルに、歩行である。以下、各イヴェントの概要を挙げよう。

図3:「理想のピクニック」(2019年、ピクニックの記録写真)、撮影:Thu Cam

01. 「理想のピクニック」(展示: 2019年10月8日-12月8日)〔図3〕

 ベトナム、ハノイのMAP 2019(Mouth of Arts Practice 2019)の企画展《Beyond Destuction》(2019年10月8日-12月8日)への進藤の出展作とリンクしたピクニック・イヴェント。第二次世界大戦中、日本軍の統治下にあった1944年から1945年に、ハノイでは多くの住民が食糧難で亡くなった。彼らの墓のあるホップ・ティエン墓地に2.5キロの路地を参加者とともに歩くイヴェント〔2019年11月19日11時~〕。展示会場には、同ピクニックの概要、準備物、地図の印刷された紙や持ち物が展示された。

02.「紅櫻公園を歩き廻る」(2021年9月6日、22日)

 札幌の南にある紅櫻公園は、石川県出身の奥矢金蔵氏が入手した土地に二代目の奥矢将雄氏が作庭した私設の「公園」である。進藤は将雄氏の作庭コンセプトを丹念に調べ、作庭意図を念頭に園内各地を参加者と周った。《BENIZZKURA PARK ART ANNUAL 2020》(2020年8月22日-9月30日)関連イヴェント。書き手: 宮井和美(モエレ沼公園学芸員)

03. 「フリースタイル・ピクニック」

 SAPPORO CITY JAZZの一環として行われたイヴェント。サックス奏者・作曲家の吉田野乃子氏とのコラボレーション企画。二人のゆかりの地である江別を舞台に、同市開拓の歴史や二人に共通の場等を考慮して選ばれた石狩川流域、大麻、野幌森林公園を歩いた。このピクニックをもとに吉田氏は江別を主題とした曲を作曲し、進藤は同ピクニックの地図や動画、その過程で生み出されたスケッチ等を後日スクリーンで発表した。書き手: 吉田裕二(イヴェントの観客)

04,「街が見る⇄街を見る」〔図4〕

 令和2年度県北芸術村推進事業交流型アートプロジェクト「たよりをつむぐ」の一環で、進藤は2020年10月15日から11月15日までの一か月間茨城県常陸太田市、鯨ヶ丘地域に滞在した。その間進藤は同地を「不審者」としてほぼ毎日、ほぼすべての路地を歩き回った。書き手: 進藤冬華

図4:「街が見る⇄街を見る」(2020年、常陸太田にて活動記録写真)撮影:飯川雄大

05.「石狩川から水を運ぶ」〔図5〕

 美術出版社主催、江別の蔦屋書店共催の歩行イヴェント。開催日は2021年1月30日。江別の蔦屋書店を起点に、参加者とともに石狩川に向かい、凍った川に手回しドリルで穴をあけて川の水をくみ上げ、各15リットル5袋の川の水をロープで引っ張って帰った。書き手: 坂口千秋(アートコーディネーター、ライター)

 このように、2019年の《移住の子》展以降の進藤の活動は、大きく、多くは参加者をともなって歩く形態に移行しているように見える。歩くこと、歩行は、現代美術史的には、『歩行によってつくられた線/A Line Made by Walking』(1967年)で知られるイギリスのリチャード・ロングによって、大きくアートの領域に取り入れられた。「歩行それ自体が文化的な歴史を持つ。巡礼者から、放浪する日本の詩人、英国のロマン主義者や現在の長距離歩行者まで、多くの例がある。」(Richard Long: Walking The Line, Thames & Hudson, 2002)と語ったロングは、歩行によって彫刻が場に関わるものになる――そう説いた。「場」の身体的体験は、1960年代以降のアートにとって極めて重要な要素となっていく。進藤の歩行も、場と出会い、場を再発見していく機能を持っている。たとえば、進藤が茨城県常陸太田市の鯨ヶ丘を連日歩き回った「街が見る⇄街を見る」は、「地図にも載っていない」場所、人の歩くことのほぼなくなった路地との出会い、多くの井戸への、そしてそれらが示唆する豊かな水への気づき…そういった意図せぬ驚きに満ちていたという。歩くことは、場を比喩的な意味で「掘り起こす」ことともいえる。もっとも、それは身体的であるがゆえに、他の人に言葉で伝達することもできない。進藤は、歩きつつ場の記憶を「掘り起こ」していく体験を、自分とは違うさまざまな人と分かち合いたいと思っているのかとも思う。

図5:「石狩川から水を運ぶ」(2021年、ワークショップの記録)撮影:伊藤留美子

 かつてロングが歩行をアートの重要なジャンルとしたとき、自然とのかかわりは重要な要素だったと思う。他方、すみずみまで地図化され、すみずみまで人間化された現代に生きる進藤にとって、歩行は、むしろ人間の営みを想像的/創造的かつ身体的にたどりなおすという意味を担っているように見える。ハノイで墓地を訪う行為は、「日本」人として、日本人の行った行為を身体的に「掘り起こす」という意味があっただろう。石狩川から水を運ぶイヴェントは、かつて人々が生活の中で行っていた行為を現代の身体でとらえなおすという意味もあったかもしれない。進藤は、人々とともにかつての事績を辿りなおしつつ、博物館的でも美術館的でも、文字による伝達でもない仕方で、記憶を継承・喚起しようとしている、そう言えるのかもしれない。

浅沼敬子(北海道大学文学研究院)

『進藤冬華 活動ノート/Fuyuka Shindo A Notebook of My Activities』〔編集: 進藤冬華、発行: 進藤冬華・CAI現代芸術研究所/CAI03, 2021年2月発行〕

進藤冬華 Webサイト

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