いけばなの制作過程を記述する/柳川太希

いけばなの制作過程を記述する/柳川太希

 本稿の目的はいけばなの制作過程を記述することである。あえて単純化して比較すれば、いけばなには西洋近代絵画のような「完成」を見出しづらい。というのも、いけばなの素材である切り花が生を持つため、作品としていけ手から離れた後もその生にしたがって変化し、固定した姿を持たない。そうすると、いけばなの作品の鑑賞には、時間において局所的一点ではなく、幅を持って見る視点を持つことが有効である。つまり、いけばなの作品を捉えるには作品それ自体を見つめるのに加えて、制作の過程に目を向け、それを記述することが重要になる。

 本稿は学術的な新知見を打ち出すものではないが、私のいけばな研究の一部をなす。本稿では、いけ手が何を構想しどう制作するかを私自身の体験によって示すことで、いけばなを経験したことのない読者にいけばなの制作過程を伝えようと試みる。この試みは、いけ手が自身の内で反省している感覚的言語を可能な限り一般的言語に置き換えることによって達成されるだろう。つまり、本稿では実践者同士が感覚的に伝え合っている言語を、いけばなを経験したことのない読者に言葉を変えて届けることを目指す。以下、2つの作品をいけるときの過程を記述していく。

 その前に、いけばなの流派全体、私の属する草月流、そして私のいけばなの経歴を簡単に示しておかなければならない。いけばなの流派は何百という単位で存在し、全流派を把握するのは到底不可能である。一方、未生流笹岡家元の笹岡隆甫によると、主要流派については、現代では生徒数の多さと花展の規模の大きさから「三大流派」という言われ方をする[1]。第一の池坊は、室町期に生まれ、諸流派の中で最古の伝統的流派である。第二の小原流は、明治大正期に生活様式と花材の変化に応じて創流された流派である。そして第三の草月流は、昭和になってから生まれた前衛的な流派である。私は2012年から草月流でいけばなを始めた。この草月流の基本となるいけ方は、水盤などの底が平らな花器に剣山を置いていける盛花と、筒型や壺型などの高さのある花器に剣山などの道具を使わずにいける投入である。本稿では、特定の型に従わないいけ方で、第1節に投入の作品を、第2節に盛花の作品を扱う。

第1節 投入の作品 

 本節では、2021年12月6日の投入の作品を見ていく[2]。花材は黄赤色の仮種皮をつけたツルウメモドキ、黄色と白のスプレーマム、春紅葉、そして白の山吹の4種類である。

 構想を順番に記述する[3]。まずある程度高さのある花器を選ぶことで作品を大きめに、また花器の色は濃いものを選ぶことで花材の色を際立たせたい。その花器に対して、ツルウメモドキのきれいな向きを探して、その向きが右側ないし左側になるような角度を取りつつ花器に挿す。そうしたら、春紅葉をツルウメモドキの反対側に倒していく。その次に、スプレーマムの黄色と白を短くして真ん中に挿す。最後に、手前と奥に山吹を挿して仕上げる。

 この構想のもと、実際にいけていく。まず花器選びだが、複数ある花器の中から花材の色が際立ちやすい黒で、また高さがある点から、写真のような花器にした(写真①)。この花器にいけていく。ツルウメモドキを手に持ち、クルクル回してみると、右側に倒した方が実の表が来てきれいに見えるため、右側に倒すことにする。その際、角度を上向きにすることで、伸びやかさを表現するよう意識した(写真②)。次に、春紅葉を手に取り、花器とツルウメモドキとのバランスを見ながら長さを決めて、葉表(陽の当たる方)が手前に来るように向きを決めて左側に傾けるように挿した(写真③)。両側にいわば骨格となる花材を挿したので、次は肉づけに相当する花材を真ん中に挿していく。そこで、スプレーマムの黄色と白をそれぞれ手に取り、花器に実際に挿さずに手に持ったまま置いてみる。黄色と白が一緒になるとやや鬱陶しいように感じられたので、白は使わず黄色だけでいけることにした。その黄色のスプレーマムをツルウメモドキと春紅葉よりも短く切って、手前に挿す(写真④)。次に、その切ったときの残りの部分を先にいけたスプレーマムの上に挿す(写真⑤)。こうして正面に目立つスプレーマムが来ることで作品の肉づけがだいたい出来上がった。あとは、既に挿してある花材同士の空間を、全体のバランスを見ながら埋めつつ、後ろ側に花材を挿せばいけあがるだろう。まず、山吹を短く切り、左側手前に挿す。山吹は庭から取ってきた花材であるため、花屋で購入した他の花材にはない柔らかさを持つ。この柔らかさが過度に表現されてしまうと他の花材との差異が際立ってしまうため、葉表を横に向けることで、山吹独特の柔らかさが目立たないよう工夫した。次に、作品に立体感を持たせるために、残りの春紅葉と山吹を後ろに挿す。その際、正面から見たときに邪魔にならないようにするのと、ある程度長くすることで、前に傾いている花材とバランスと取るように気を付ける。最後に前後左右及び上下から確認する。横から見たとき、左手前にある山吹が少し平べったく見えたので、向きはそのままに、少し真ん中のスプレーマムに寄せた(写真⑥)。これでいけあがりである(写真⑦)。

 

写真①
写真②
写真③
写真④
写真⑤
写真⑥
写真⑦

第2節 盛花の作品 

 本節では、2022年1月7日の盛花の作品を見ていく。花材は白蓮、黄千両、椿(侘助)、そして葉蘭の4種類である。

 構想を順番に記述する。まず白蓮が大きく枝が太いため、この白蓮の枝の切り出しがどうなるかで他の花材の使う量が決まってくるだろう。そうなると、様々な花材の組み合わせがあり得るので、花器から選んだ方がよい。いける場の背景が白いことと花材の色とを踏まえると、黒い花器がよいのではないか。仮に黒い花器を選んだとして、まず白蓮を切り出して、左右のどちらがきれいかを陽表と陽裏の見極めから考える。その反対方向に千両を挿してうまく収まるかを見る。収まりが良ければ、手前に椿を挿してバランスを見る。前後のバランスを取るべく、千両ないし椿を後ろに挿す。最後に、空間を埋めるか否かを考え、埋める場合はすでに挿してある花材をよりいかすように挿して仕上げる。

 この構想のもと、実際にいけていく。構想の通り黒い花器をいける場所に置いてみると、場となじむとともに花材とも合うため、この黒い花器を選ぶ(写真⑧)。まず、白蓮を切り出して、枝の表裏を見ながら右手前に倒す(写真⑨)。なお、ここまで倒すと剣山がひっくり返ってしまうことに気づいたものの、この角度を取りたいため別の剣山を後ろ側に噛ませてひっくり返らないようにした。次に、この白蓮が思っていた以上に実際に重く、かつ見た目でも重く感じられるので、別の白蓮を後ろに倒してバランスを取ろうと思い至り、切り出した白蓮の残りをさらに切り出して左後方に倒す(写真⑩)。この段階で作品の大きさがほぼ確定する。ここで、前後の重さのバランスが取れつつあるので、噛ませた剣山を外してみようと浮かせたらひっくり返りそうになったので、今回はもう一つの剣山を噛ませた状態を保たなければならないことが分かった。その後、千両を切り出して、クルクル回しながらきれいな向きと角度を探しつつ、左手前に倒す(写真⑪)。そして、切り出した千両の残りを手前に挿して、剣山が正面から見えないようにする[4](写真⑫)。最後に椿を切り出して真ん中あたりに挿すことを検討するものの、実の色が鮮やかな千両の魅力が半減するため断念した。これ以上花材を入れても魅力的にならないため、花材の量としてはこのあたりが止めるタイミングだと判断した。最後に横からと上からと見て回り、各花材の角度を微調整していけあがりである(写真⑬)。

 

写真⑧
写真⑨
写真⑩
写真⑪
写真⑫
写真⑬

 これまで2つの作品をいけるときの過程を記述してきた。ここから見えてくるのは、構想が必ずしもそのまま実現されるのではなく、花材や花器を見つめて、状況に即して構想を更新していく、ということである。

 今回の試みを通じて浮かび上がった課題は、記述言語をどう整備していくかということである。現時点では大きく3つに分類できるのではないかと考えている。第一は「きれい」、「鬱陶しい」などの主観的な価値判断による語である。第二に、「伸びやかな」、「柔らかい」などのある程度物に即しつつも主観的な判断による語である。そして第三に、「バランスが取れている」などの可能な限り物に即した判断による語である。こうした記述言語の整備によって、より多くの人にいけばなの制作過程を理解してもらえるのではないかと期待している。このことは、これからの課題としたい。

柳川太希(成城大学大学院文学研究科美学・美術史専攻博士課程後期)

 


[1] 笹岡隆甫『いけばな 知性で愛でる日本の美』新潮新書、2011年、45頁参照。

[2] いけた日にちを毎回記述するのは、第一に手に入る花材が季節によってある程度決まってくるためであり、第二に季節感をどう表現する、あるいはあえて表現しないにしても、前提となる季節感の把握が重要なためである。

[3] いけ手が皆いけ始まる前に明確な構想を持っているわけではない。私自身もそうだが、何も構想を持たず、いけながら考えていくこともある。本稿では構想と実際の制作とで、どのような相違があるのかを読者に見てもらいたいため、あえてこの方法を取る。また、構想の段階でデッサンをすることもある。

[4] 草月流において、剣山はあくまで道具であるため、見えないようにしなければならない。剣山を完全に隠さなければならないのか、あるいは作品の構成を損なうようなら、完全に隠すところまでしなくてよいか、という点については考え方に差がある。

活動報告カテゴリの最新記事